生まれて初めての誕生日パーティーをチベットで向かえる(過去007)

チベットに到着

 

事にチベットに着いて一段落し、バス会社がホテルまで連れて行ってくれるのかと思いきや、何もなく係員はそのまま消え失せてしまった。旅行会社との契約ではホテル、食事、観光ツアー代込と言っていたけど、これが中国式なのか?

 

僕たちは自分たちでホテルを探さないといけないはめに。ガイドブックを見てみると安くて日本人旅行者がいっぱいいるドミトリーがあるというのでそこに滞在することにした。

僕たちは沢山の日本人旅行者に出会った。殆どの人が英語を話せないので僕たちは自然と日本人同士でつるみ情報を共有しあった。僕は今までそんなに沢山の旅行者に会ったことが無かったのでかなり興奮した。みんなかっこよく輝いていた。

 

しばらくして別の日に大きなチベット仏教のお祭りが近くのゴンパ(僧院)であるという話を聞いてみんなで行って見ると、そこにはものすごい数の僧侶や一般のチベット人達が集まっていた。

 

このお祭りは一年に一度ものすごく大きなタンカ(タペストリー)をゴンパの一面に吊って披露するというので有名でその大きさは約30メートル四方。もしかしたらもっと大きかったのかも、あるいは小さかったのかも。

 

近くでピクニックをしていたチベット人家族が一緒にお昼を食べながらタンカをみようと誘ってくれた。彼らは他にも何人かの僧侶を招待していた。一緒にお昼を食べていると一人の僧侶が僕の半ズボンから覗いている内ももを撫でだした。

 

”えー??僧侶が僕の内ももを触ってるの???”

 

僕はどうしていいかわからず固まってしまった。キリスト教の僧院ではホモセクシュアルは結構あるという噂を聞いていたので、チベットの僧院で同じようなことが有っても不思議では無いと思った。

 

でも、実際には僧侶が触っていたのは僕の内ももの毛で、チベット人はほとんど体に毛が生えていないので、僕の内ももの毛を見て不思議だったらしい。ははは。。。

 

ホテルへの帰り道、僕達の友人の一人が突然バスから降りて、これから田舎の方にヒッチハイクしていくと言い出した。そんな田舎にはバスは通っておらず、ヒッチハイクしか行く方法は無いらしい。

 

僕は彼がチベットの魔法にやられて気でも狂ったのかと思ったが、見たところ彼は至って普通で落ち着いていた。多分以前にも同じようなことをしたことがあるのだろう。僕たちは少し罪悪感を感じながら、彼を文明から遠く離れた何もない道の真中に置き去りにした。

 

彼は深い真っ青な空と黄色い大地の間、バックパックを背負いしっかりと立っていた。周りには車など一切なく、あまりにもリアルに独り立ちしていてとても美しかった。

 

 

人生初の誕生日パーティーをチベットで

 

の数日後、僕の二十歳の誕生日がやってきた。僕は何も大きなパーティーをするつもりなど無かった。というのも、僕はエホバの証人の家庭に育ち、エホバ神以外を祝わないという風習のせいで、今まで一度も誕生日を祝ったことが無かったのだ。

 

その日、友人の一人に誕生日のことを告げ、その友人がまた別の友人に告げ、そのまた友人が。。。という具合に最後にはホテルの全員が僕の誕生日のことを知っていた。夜になるとみんなが酒とおつまみを持ち寄って僕の泊まっていたドミトリーまでやってきて、パーティーが始まった。

 

それは僕の生まれて初めての誕生日パーティーで、総勢17人もの人たちが祝いに来てくれた。二十歳になる前に何か特別なことをするという僕の願いはかなったと思った。

 

ネパールへの旅立ち、さらなる峠越え

 

は中国で2週間を、チベットでも2週間を過ごした。中国ヴィザの期限は1ヶ月で法律上チベットは中国に含まれるため、僕はヴィザが切れる前にネパールに向けて旅立たなければいけなくなった。

 

残念なことにネパールへと続く道は嵐により崩れていてバスでは行けないらしく、唯一の方法は特別仕様のオフロード車をチャーターすることだった。僕はアメリカ人とチベット人とでチャーターし一緒にネパールに向かうことになった。

 

道はかなり荒れた砂利道でチベットへ入ったときと同じようなものだった。もう一度5000メートルの峠を超えてネパールへ向かった。でも今回は高度に慣れていて高山病にはならず景色を楽しむことが出来た。

 

僕たちは無事に国境までたどり着き、移民局の手続きも済ませネパール側へ向かって歩いた。しばらく歩いてから一緒に行動していたアメリカ人がチベット/中国側を振り向き大声で叫んだ。”Fuck China!!!!”

 

これは僕にも理解できた数少ない英単語の一つで、彼の心情は痛いほどよく理解できた。中国は僕にとってもかなりしんどい旅路で、おそらく彼にとってはもっとしんどかったことだろう。中国語は一切わからず、誰も通訳を手伝ってくれず、彼のアメリカ的見た目のせいで何度も騙されたことだろう。

 

僕たちはネパール側に向かってあるき続けた。周りは森に囲まれ、川が流れ、呼吸も楽で歩くのも楽、段々といい気持ちになってきた。

 

ネパール側のイミグレーションオフィスにつくと、彼らは僕達を笑顔で迎え英語で話しかけてきた(と言っても僕には理解できなかったが)。

 

僕はパラダイスに着いたんだと思った。

 

 

次回は、美しい国ネパールにたどり着き、興味があったサイケデリックドラッグに手をだす。散々騙されてお金を盗まれたりしつつ、恋をし、失恋する話です。

ドラッグで騙され、お金を盗まれ、失恋する(過去008)

 

Cryptraveler
ストイックなエホバの証人の母子家庭に生まれ、いじめられっ子として少年時代を過ごすことを魂の段階で選択する。 十代の時に全てに嫌気が差し宗教、学校、日本社会からドロップ・アウトし完全なノマドとして世界中を放浪し続ける。 何度かの強烈な覚醒体験を経験し、”それ”を自身の存在を通して表現する。 現在は意識の覚醒とハンドパンと暗号通貨を駆使して三次元の地球を遊びまくっている。

2件のコメント

  1. こんにちは。

    今日偶然このブログを知り、初めてあなたの記事を読みました。
    普段の私とはまったく関わりのない、非日常感あふれる波乱に満ちた世界を疑似体験することでどんどん文章に引き込まれ、気が付けばすべての記事を読んでしまいました。
    文章の端々から伝わるあなたの人生や宇宙に対する想いに感動しました。

    現在私は22歳の会社員ですが、今だに日本から出たこともなく、可もなく不可もないような平凡な生活を送っています。それもそのはず、ミュージシャン(プロのギターリスト)を目指すも、諸事情あり挫折し就職することを選び田舎から上京。

    その後も退屈な現状を変えようと、精神世界の本を読み漁ったり、ヴィパッサナー瞑想に参加していた時期もありました。瞑想によって一度だけ、この世のものとは思えない幾千の太陽がはじけて交じり合うような衝撃、全宇宙と一つになったような言葉にできないような至福感を体験をしたこともありますが、一時的なもの(おそらく数十秒)でそれっきりでした。中々一歩踏み出す勇気が出ず、何をしても満たされない、日々悶々とした生活を送っています。私もあなたのように自由に自分らしく生きれるようになりたいです。

    長くなりましたが、とにかく次の記事を楽しみにしています。
    あなたのこれからのご活動を、心より応援しています。
    世界が平和でありますように。

    以上

    1. こんにちは、たけるさん。

      感想を投稿していただいてありがとうございます。

      このブログは僕のウェブサイトからくることができるんだけど、それ以外では宣伝とかも全くしていないので、本当に誰か読んでくれる人がいるのかなと思いながら書いてました。

      とりあえず書くことに集中して、納得ができるものが書けるようになったら、もうちょっと人に広めていこうと思ってました。

      なので、たけるさんが読んでくれて感想を送ってくれたのはすごく嬉しいです。
      少なくとも一人の人の心に届いたってことだから。

      ちょっと、面倒臭く思っていたブログの更新をする切っ掛けをいただきました。
      ありがとうございます。

      たけるさんは会社員をしながら悶々としているのが嫌なようですが、僕の個人的な意見としては、会社員をしながら悶々とするのも全然そんなに嫌なことなんじゃないかなと思ってますよ。

      一旦、悶々としている世界から出てしまうと、もう二度と悶々とした世界には戻りたくなくなると思うので、今のうちに悶々具合を楽しんでみたらどうでしょう。

      とことん悶々具合を味わい切ったら、もう悶々とするのは飽きたな、次に行こう。って思える時がくるかもしれませんよ。

      まあ、言うが易しってやつかもしれませんが。。。

      お読みいただき、どうもありがとうございました。
      更新をコツコツやっていきます。

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