レインボーギャザリングの世界の仲間たち(現在020)

 

古い親友との再開

 

インボーギャザリングというイベント内での特殊な社会は一ヶ月だけのものだが、深い自然回帰思想がベースになっているため、ある種の宗教的、あるいはカルト、セクト的な一面も持っていて一部のマニアのリピート率が非常に高い。

 

大体のギャザリングでは行けば何十人もの以前からの知り合いに会うことは珍しくない。そしてその出会った古い友人それぞれが昔からの友達で気づいてみると僕の親友はもうひとりの親友とも深い友達だったなんてこともざらにある。

そしてそれぞれがレインボーギャザリングというイベントと深い付き合いをしていく内に、レインボーギャザリングに来ると家に帰ってきたような気持ちになってくる。また実際に何年もぶっ続けで旅を続けているハードコアトラベラー達にとっては、好きな時に来れて、好きな時に帰れて、お金の支払いがドネーション制で、何十人もの古い心の通い合った仲間たちに再開できるレインボーギャザリングは実際のもう一つの家だったりもする。僕も一時期は2年間ほどレインボーギャザリング的な世界の中だけで暮らしていたこともある。

 

今回のギャザリングでは古い人が少なく新しい人がほとんどという珍しい状況だったため、僕はあまり心を開くことが出来ずにいた。そんな中、8年ぶりに古い親友でもあるフランス人のA君に再開したのが、僕にとって一番嬉しかったことの一つだ。彼とは8年前に北海道であった日本でのレインボーギャザリングで初めて出会い、その後、僕の大阪の実家に遊びに来たり、奄美大島の日食フェスティバルに行ってめちゃくちゃに遊んだり、その後はネパールで再開してから一緒にフィンランドのレインボーギャザリングへ旅したりとかなり激しく何ヶ月も一緒に遊んだ仲だ。

 

その頃の僕はネパールでワッペンやヘンプの服をデザインして世界中のフェスティバルで売って暮らしていたので、レインボーやフェスティバルが好きでマクラメアクセサリーを作って売ったりジャグリングでストリートパフォーマンスをして旅している彼とは行動範囲や生活スタイルがよく似ていた。

 

当時の僕たちは結構やんちゃで、自称レインボーパイレーツを名乗り、いろんなルールを破って無茶苦茶に遊びまくっていたのだが、8年ぶりに再開してみるとお互いに大きく成長し、経験豊かで落ち着いた大人の男になっているのがお互いを更に喜ばせた。今ではお互いに霊的にも大きく成長し、深い話を延々と続けられるほどになり、お互いにこんな人間がいてくれてありがとうと思えるような関係になれたのが本当にうれしい。

 

その後、彼は僕の別の親しい友人でもあるブラジル人のDくんが操縦するセイルボートに乗ってサモア諸島へ旅立っていった。旅の安全を祈る。

 

 

クリーニングアップ

 

うこうしている内に大変ながらも楽しく、そしてやはり大変だったレインボーギャザリングの日々は過ぎ終わりの時期が近づいた。

 

今回のギャザリングは残念ながら全体の意識が低めで、ゴミに関してもいい加減なところがあり、僕がここで頑張らないと責任感の強いKくんが全部の尻拭いすることになると懸念して、自発的に最後の片付けの責任を取ろうと思い立った。

 

結局こういう責任を取るなどという長兄的な立場になることがわかっていたので、ここ数年ほどレインボーギャザリングから距離を置いていたのだが、ここに来てやっぱりこういう立場になってしまった。今後はこういう立場に嵌まらないように、身の置き方を考えていきたい。

 

どうせ自分がオーガナイズしてやるんだったら、混乱と分裂の今回のギャザリングを締めるに当たり、出来る限りいい雰囲気でみんなが仲良く慣れるような状況を構築しようと思い、みんなでのんびり片付けしながら長期間滞在できるような状況に持っていった。

 

レインボーギャザリングにおいては自然との調和が最も大切なことの一つなので、なんとかしてゴミをゴミとせずに資源として活用できないかとの考えの末に出てきたのが、空のプラスティックボトルに小さなプラスティックゴミを詰めてブロックを作りそれを使ってベンチや壁を作るというものだ。

 

今回のレインボーの後には村人たちと共同でパーマカルチャーガーデンを作るというプロジェクトが控えていて、その人達への橋渡し的な感じで再利用できるプラスティックボトル・ブロックを作っていった。

 

金属、ガラス、きれいなプラスティックボトルは地元の人達の協力でリサイクルすることが出来たのだが、形の大きなプラスティックのゴミ、特にビーチに打ち上げられてそれを片付ける為に集めたものの処理がどうしようもなかった。インドネシアのようなごみ処理施設の整っていない場所でのプラスティックの処理は、はっきり言ってどうしようもない。

 

地元の人はただ単に燃やして空気中に大量の有毒ガスを撒き散らしている。夕方に燃やすことでそれが蚊よけにもなり一石二鳥という考え方だ。地元の生活という観点からは完璧なのだが、僕達レインボーピープルがやろうとしている地球規模の観点からは避けて通りたい選択肢だ。

 

開発先進国だとお金を払ってトラックに来てもらい、全てをゴミ処理場に持っていって解決という話なのだが、今回僕達が取った最終的な選択はジャングルの中の砂地に穴を掘って埋め、表面にガソリンを撒いて火をつけ、形が縮んだところで砂をかけて埋めるという形になった。残念ながらこれが一番現実的で実際に出来る妥協点だった。

 

なんやかんや言いながらも最終的には、綺麗サッパリと片付けることが出来て、後に続くパーマカルチャープロジェクトへも資材の提供ができ、満足のいくクリーンアップとしてレインボーギャザリングを去ることが出来た。

 

 

今回のレインボーギャザリングのまとめ

 

の一連の記事を書くにあたって面白おかしくドキュメンタリー形式で詳しく書いていこうと思っていたのだが、残念ながら今回のギャザリングはハズレで他のレインボーギャザリングと比較してあまり面白くなかった。もちろん色々な出会いや体験や村人たちとの交流など素晴らしいところは山ほどあるのだが、全体的な感想は正直な所、あまり面白くなかった。色々絡み合った理由があってそうなっているのだが、そこには敢えて深入りせずにおこうと思う。

 

アタリのレインボーギャザリングの体験は半端なく面白くて、もしこの面白さを伝えることが出来るなら世界に革命が起こってしまうほどのものだと思っているし、実際にそれぞれ来た人の中に革命が起こっている。だけど非常に残念ながらこの面白さは体験してナンボのもので伝えるのは非常に難しい。また、実際にギャザリングに来たとしても、その真の面白さを実際に経験する人は5%もいかないだろう。その経験をしてしまった5%の人たちが何度も何度も戻って来続けるのである。

 

というわけで、今回の一連のレインボーギャザリングの記事は不完全燃焼であることをお詫びしたい。この先、僕が過去の旅の記事を書く時にアタリのレインボーギャザリングの体験を書くと思うので、その時には僕の筆力が体験に追いついていることを祈るばかりです。

 

まあ、調子のいいときもあれば悪いときもある。人生ですね。

 

 

次回は、レインボーギャザリングをでて活火山観光へ向かう途中にあらゆるトラブルに巻き込まれつつ、パートナーの月子さんの内なる火山に火が灯り大爆発するという話です。

 

活火山ブロモへの道程と月子さんの内なる火山の噴火 一日目 (現在021)

Cryptraveler
ストイックなエホバの証人の母子家庭に生まれ、いじめられっ子として少年時代を過ごすことを魂の段階で選択する。 十代の時に全てに嫌気が差し宗教、学校、日本社会からドロップ・アウトし完全なノマドとして世界中を放浪し続ける。 何度かの強烈な覚醒体験を経験し、”それ”を自身の存在を通して表現する。 現在は意識の覚醒とハンドパンと暗号通貨を駆使して三次元の地球を遊びまくっている。

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