肉体の誕生から自我の誕生まで(過去001)

大阪のベッドタウンに生まれる

 

978年、大阪郊外のベッドタウンにてこの世に生を受ける。

両親と父方の祖母、7歳上の兄と6歳上の姉が共に暮す家庭に生まれる。

子供の時から頭が良く、3歳のときから自分で本を読みはじめたたらしい。

4歳のときに両親が離婚。原因は嫁姑の確執、父親のギャンブル狂いと借金、母親の熱心なエホバの証人への入れ込みが主な理由っぽい。

普通に考えて、ギャンブル好きの夫と宗教家の妻ではうまくいく訳がない。

 

おばあちゃん子だったんだけど、夜寝るときは母親としか眠れないので結局母親側に引き取られることに。

母と子、二人の生活が始まる。その後僕が小学校に行く頃に姉も合流。

 

学生時代はいじめられっ子

 

学校では運動に全く興味がわかず、また母親も強制しなかったため、ずっと運動が苦手。休み時間は一人きりで教室で本を読む日々。

 

頭は相当良くてテストは大体100点、弱点は記憶力と物を書くということ。

小学校の担任の先生は ”末は博士か大臣か” と言って僕の頭の良さに驚いていたらしい。

国語のテストは80点が理解力、20点が漢字の書き取りなんだけど、理解力は全部正解で漢字書き取りは全部不正解なのでいつも大体80点だった。

字はかなり汚くて、自分より汚い字を書く人には滅多に出会わない。たまに出会うとその人とはすごく仲良くなれる。

 

性格は非常におとなしく内気、協調性がまったくないと通信簿に書かれる。

運動が苦手なことと、おとなしく優しい性格が災いして学校でいじめられることもあった。

 

当時は自分はいじめられているのだと思っていたが、今になって思うと立場の弱い男の子でたまに軽く蹴られたりしてたけど、自分で思っていたほどイジメられているわけでもなかったなって思う。

 

エホバの証人の子供として育つ

 

時辛かったのはエホバの証人としての活動。ネクタイを締めて人の家をノックして回るなんてのは小学生にしてみたら地獄。普通の家に産まれたかったと何度自分の運命を呪ったことか。

あと、母子家庭で姉と一緒に育ったので、男性的な影響がなく、エホバの証人のサラブレッドとして育てられたので、攻撃性を助長するようなテレビ番組や漫画は見せてもらえなかった。

 

今となっては攻撃性を育てなかったのは本当にありがたい話なんだけど、当時は辛かった。友達がそういったテレビの話をしているとそっと会話から離れたり。

 

かなり抑圧的な家庭だったので僕の個性は完全に死んでいた。死んでいたというよりも生まれていなかったという方が正確かもしれない。生まれないことで苦しみの感情をを感じずに済んだ。喜びの感情もなかったけど。

肉体を持った木偶の坊。母親の言うことはなんでもいいなり。逆らうとエホバの証人特有の愛の鞭が飛んでくる。

当時の写真を見るとどの写真もカメラを睨みつけていて、内在する怒りが計り知れる。

 

苦しみの思春期

 

みが顕著に現れてくるのは思春期になってから。

 

小学生のうちは勉強しなくてもなんとかなっていたんだけど中学生になってからは勉強しないとどうにもならず、成績は落ちる一方。

当時、英語のテストで1点を取ったことがある。何一つ理解できず端から順番にa,b,c,d,e….と書いていったら一つだけ当たった。今じゃ英語は普通に喋れるので人生はわからないもんだ。

 

うちは貧乏なので大学には行けないと思っていたので勉強する理由が見つからなかった。奨学金という制度があるのも知らなかった。今になって思えば、母親は奨学金という制度があるということを僕に隠していたのかもしれない。

というのも、エホバの証人は高い教育を持つことを推奨していず、ハルマゲドンの後に楽園に行って永遠に幸せに暮らせるのだから勉強などしなくても良い、そんなことにエネルギーを使うくらいなら、エホバ神のために時間を使いなさいって言う考え。

 

今になって、この時の楽園信仰が僕の何かを探し求める放浪人生に大きく影響したのが良くわかる。

 

中学校ではイジメられることも多く、学校に行く時間になると神経性の下痢になってトイレから出られず学校を休み、休んだ日は親の金を財布からくすねて、隠れてゲームセンターに行くような日々。

厳しい宗教教育で育ったせいか、良心の呵責みたいなのが少し歪んでいて中学生の時はいろんなものを盗んだ。ひどいのは神社のお賽銭箱に割り箸とガムテープを突っ込んで盗んだこと。

なんとまあ、罰当たりな。。。

 

中3の二学期になってから、こんなんじゃろくな人生にならないと思い、自分の意志で猛勉強を開始し、それまではテストで5科目200点以下だったのが倍に近い350点くらいまで回復し、それを機に下痢も止まったんだけど内申書などの問題でまともな高校に行くことは手遅れだった。

 

結果的に何の興味もなかった工業高校へ行く。そこはエホバの証人が多いことで有名で、柔道の授業に参加しなくても問題がない(エホバの証人として暴力行為には参加しない)ので母親からの強い薦めもあり、受験が他の学校よりも一ヶ月ほど早く終わるという馬鹿げた理由で進学を決意。

 

爆発の予兆

 

ンキーばっかりの高校で誰も人生に対してやる気がなく、生徒の3割は卒業までに退学するというような学校。只々嫌な日々が続き、辛い学校から帰るとエホバの証人としての役割が待っているという地獄のような日々。

ガールフレンドはおろか友達もいず、学校と家の間にある本屋で漫画を立ち読みするのが唯一の逃げ場だった。

高1の冬休み明けに阪神大震災で学校が休みになると、このまますべてを破壊してくれと切に願った。

 

小学生、中学生のときは辛くてもなんとか耐えられた。なぜかと言うと僕の自我はまだ産まれていなかったから。喜びもないけど苦しみもない日々。

 

でも高校生になって徐々に自我が産まれ始め、17歳の誕生日を迎え二十歳という大人の入り口が目の前に見えてきたことをきっかけに全てが爆発した。

キレる17歳の僕バージョン。

 

次回は、生まれて初めて母親に反抗し、全てからドロップ・アウトするという話です。

17歳、人生最大の転換期、エホバの証人と高校をやめる(過去002)

 

Cryptraveler
ストイックなエホバの証人の母子家庭に生まれ、いじめられっ子として少年時代を過ごすことを魂の段階で選択する。 十代の時に全てに嫌気が差し宗教、学校、日本社会からドロップ・アウトし完全なノマドとして世界中を放浪し続ける。 何度かの強烈な覚醒体験を経験し、”それ”を自身の存在を通して表現する。 現在は意識の覚醒とハンドパンと暗号通貨を駆使して三次元の地球を遊びまくっている。

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