インドネシア、バリ島のがっかり感とジャワ島の村人の美しさ3 (現在015)

 

イスラム教徒の村へ

 

村に着くと別の英語を話す男の子がやって来て、僕が君たちの面倒を見るからモスクでの礼拝が終わるまでちょっと待っていてくれとの事。

 

そう、ここはイスラム教徒の村なのだ。
(あとで分かるのだが、村の人口比率はイスラム教徒とジャワ教徒と半々らしい)

その後しばらく待って、礼拝が終わったあとに彼が村の民生委員の家に連れて行ってくれた。
民生委員のPさんはこの村の近くでレインボーギャザリングがあると決まって以降、地域のお偉いさんたちからレインボーギャザリングの面倒を見る係りに任命されていて、やって来た旅人を家に泊めるのも彼の役目だった。

 

家に着いた僕たちは、びしょびしょなので迷惑をかけたくないから外でテントを張って寝るよと伝えると、彼はイスラムの伝統として客をもてなすのは大事なことで、外でテントで寝ると言う事は君たちが僕達を侮辱してるのと同じ事だからやめてくれと言う。

 

ここの村人は都会の喧騒からは疎外されていて、バリ島はもちろん、ジャワ島の都会の人たちとも大分違っていた。
礼拝直後だったからかもしれないが、村全体に流れる空気がすごく落ち着いていて礼儀正しくそれでいて人懐っこかった。

 

 

村人の生活の様子

 

生活自体は質素で自然と密着した感じだ。家の裏では牛や山羊がいて、全てのバイクが完全に山岳農業仕様に改造されていた。

 

この村の人達は、僕達がレインボーギャザリングを通して体験したいと思っている助け合いや共有の感覚、親密さなどを普段の生活の中で既に体得しているようだ。

 

一般的にニュースで見るイスラム教徒は世界の問題児的な報道をされているが、それはもちろんコントロールされ誇大表現された情報で、実際のイスラム教徒の村人たちはといえば非常に幸せで人間的に高い徳を備えているというのが僕が実際に体験した感想だ。辺鄙な田舎の村でこのレベルの意識の高さを見ることの出来る国は世界を見渡してもなかなか無いだろう。

 

ここの人たちのサービス精神は僕から見ると非常に高く(彼らからすると当たり前のことをしているだけ)、50人位で集団を作り、鎌を持ってレインボーにやって来て草を刈ってみんながキャンプする場所を作ってくれた。

 

山道を歩いていると、頼みもしないのにバイクに乗せてくれたり、大量のバナナやユカ芋の差し入れなんかもしょっちゅうだ。

 

最終的には村の土地を使ってパーマカルチャープロジェクトをやらしてくれたり、家を一つ提供してくれたりなど結構衝撃の寛大さだったりする。

 

ついにレインボーギャザリングへ

 

僕達が村についた当日はPさんの家に泊めてもらい食事までお世話になって、次の朝にはバイクでレインボーギャザリングの場所まで送ってもらった。(本来なら山道を腰痛持ちでありながら荷物を担いで歩くところだった。)

 

最後の道のりは昨日の大嵐で道があまりにもぐちゃぐちゃ過ぎてバイクでは行けないので荷物を担いで歩いていくことに。
ドライバーの人たちが荷物を運ぶのを手伝ってくれて、山道を歩いていると、道の向こうの方から僕を呼ぶ声が聞こえる。
振り向くと友人のアイルランド人のカップルがこっちをむいて手を振っていた。

 

彼らは僕がタイのパンガン島に居る時に遊びに来てくれて、ハンドパン専用のマイクを持ってきてもらっていた。その時は、じゃあまたレインボー出会おう、と数日で別れて、今また再開したというわけ。

 

友人たちとの再開を祝いハグして話してみると、なんとまだレインボーギャザリングが始まっていないのにもう出るつもりらしい。

 

彼らははっきりとは言いたがらないのだが、昨日の嵐で人が溺れて死にかけて、全てが水浸しで洪水になって、みんなが大喧嘩になって混乱して、とにかくメチャクチャだから一旦ここから出たいとのこと。

 

昨日も大嵐だったけど、今後も嵐の予感。。。

次回は、レインボーギャザリングにたどり着くも、中身はぐちゃぐちゃで全く準備が出来ていない。腰痛を抱えつつも準備を手伝うという話です。

嵐の中から始まったレインボーギャザリング(現在016)

Cryptraveler
ストイックなエホバの証人の母子家庭に生まれ、いじめられっ子として少年時代を過ごすことを魂の段階で選択する。 十代の時に全てに嫌気が差し宗教、学校、日本社会からドロップ・アウトし完全なノマドとして世界中を放浪し続ける。 何度かの強烈な覚醒体験を経験し、”それ”を自身の存在を通して表現する。 現在は意識の覚醒とハンドパンと暗号通貨を駆使して三次元の地球を遊びまくっている。

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