一方通行、戻ることのない長い長い旅路の始まり(過去005)

 

二十歳直前の高揚感

 

くは、二十歳の誕生日を前にして何か特別なことがしたかった。

 

僕と兄の大好きな詩人の濱田魚武氏が言うには、もしも偉大な人物になりたかったら二十歳になる前に何かデカイ特別なことをしろとの事。僕はその言葉に凄く影響された。

当時の僕はテクノミュージックが大好きで、毎週末クラブに行っては一人で一晩中踊っていて、コンピューターで曲を創ったりもしていた。

 

テクノの歴史については本で読んで知っていて、それはサイケデリックドラッグの歴史とも密接につながっていた。それの本当に意味するところはわからずとも、LSDが意識を覚醒させると言うことも話に聞いていた。僕はLSDを経験したこともないのにテクノを創るなんて馬鹿げた話だと思っていた。

 

そっち方面に詳しい友人に聞いてみると、彼はLSDを手に入れることは出来るけれども、それによって僕の人生を変えてしまうリスクを背負いたくないという理由で渡してはくれなかった。

彼はもし本当にLSDを経験したいのなら自分でインドのゴアへ行けと言う。ゴアこそがサイケデリックドラッグを経験する場所だと。僕もアングラな雑誌でゴアとLSDの話は読んでいて興味しんしんだった。

 

僕は非常に丁寧に管理された環境で育ってきて、見たことの無いような混沌を経験したいと思っていた。そこで、混沌を経験するために中国とインドに行って、インドに着いた暁にはゴアに行ってLSDを経験しようと決めた。

LSDを体験して、その経験を音楽として表現したい。旅が終わった後には実家に戻って音楽制作に集中しようと思っていた。

まさかそれが終わることのない旅路に誘うとも知らずに。

 

旅への誘い

 

にも、当時テレビで大人気だった電波少年という深夜番組で猿岩石というお笑いコンビが貧乏旅行をするというものを食い入るように見ていて、ものすごい感動を覚えたことも僕を旅に駆り立てたことの一つだろう。

ちなみにその番組はヤラセがほとんどだったらしいが、僕が受けた感動は本物だったので良しとしよう。

 

その時僕は10万円ほどの貯金があり、今月分の給料の10万円が来月に支払われ、また家賃の保証金が5万円ほど帰ってくる。全部で25万円ほどになる計算だ。おそらく中国とインドをケチケチ旅する分には十分だろう。

 

次に姉に会った時にインドを3,4ヶ月旅しようと思っていることを伝えた。姉は ”あっそう、たったの3,4ヶ月しか旅しないの?” と答えた。僕にとっては3,4ヶ月の旅行はものすごく長い期間なんだけど、長期間国外で生活していた姉にとっては短い期間だったようだ。その言葉をきっかけにして、節約して出来るだけ長い期間旅をすることに変更した。

 

 

一方通行、戻ることのない旅立ち

 

十歳の誕生日を迎える3週間前、1998年7月15日に、神戸港から出向するフェリーに乗って上海へ向かった。

 

この3日間の船旅は只々船酔いのために過ごしたようなもんだ。一日中寝ていることしか出来ず、それ以外のことをすると即座に吐いてしまうというとんでもない地獄。小用にトイレに立ち上がると、吐き気が込み上げてきて、ダッシュでトイレに向かい小便を我慢しながら便器に向かってゲーゲー吐いていた。

 

上海へ向かう船の中で中国やその他のアジアを旅する予定の日本人男性に会った。彼に僕は上海に着いたら南に抜けてタイやミャンマーを通りインドに向かうんだと話した。

彼によるとミャンマー、インド間の国境は閉ざされていて通られないらしい。(2016年現在では通られるとのこと)調べておけばよかったんだけど、まさか通られない国境があるなんて想像もしなかった。

 

彼が言うには中国からインドに行くにはチベットとヒマラヤ山脈を超えていけば大丈夫とのこと。まあ、そんなのもありかなと思った。

 

当時の僕は、ほぼ全く英語を話すことが出来なかったんだけど、中国語なら日本語と似ているし、感じを読めば意味ぐらいはなんとか理解できるかなと思ったのが中国を最初に向かう国に選んだ理由の一つ。英語がわからないと言っても、それでも”Hello” “Thank You” ” Passport”なんかは理解できた。

 

船はなんとか無事に中国本土に着き、パスポートにスタンプを貰うため移民局へ行く。わからないなりにも会話してみて驚いたのが移民局なのにパスポートと言う単語が通じなかったこと。

 

さすが中国。これぞ僕が経験したかったカオスだ!!

 

次回は、やっとたどり着いた中国でわけも分からず旅を続ける。途中で中国に留学している日本人に出会い、行動を共にする話です。

中国を抜けて陸路でヒマラヤのチベットへ(過去006)

Cryptraveler
ストイックなエホバの証人の母子家庭に生まれ、いじめられっ子として少年時代を過ごすことを魂の段階で選択する。 十代の時に全てに嫌気が差し宗教、学校、日本社会からドロップ・アウトし完全なノマドとして世界中を放浪し続ける。 何度かの強烈な覚醒体験を経験し、”それ”を自身の存在を通して表現する。 現在は意識の覚醒とハンドパンと暗号通貨を駆使して三次元の地球を遊びまくっている。

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