レインボーギャザリングにおけるヌーディスト問題1(現在018)

 

ヌーディズムとイスラム教

 

インボーギャザリングでは、自然回帰や心身開放の思想があるので、半裸あるいは全裸で暮らすことが比較的普通にみられる。ビーチや川や湖はもちろん、キッチンや食事中などもお構いなしである。

 

殆どのヨーロッパや南米でのギャザリングでは、まあなんとか問題なくやっていけるのだが、アジア、特にイスラム国のインドネシアではかなり難しい課題の一つだ。

イスラム教徒の島であるジャワ島でギャザリングがあると決まってからは、K君の活躍で地元の警察や政府官僚ともうまく話をつけて、ギャザリング内やビーチで裸で暮らしても良い代わりに地元の人は許可がないと立ち入れないという形にすることになった。

 

その反面、全方面においての開放性がレインボーギャザリングの本質だと言うので、地元の人が立ち入れないと言うのはおかしいという意見がでてきて、誰でも入れるようにしてほしいと地元の人に交渉することになった。

 

地元住民としてはイスラム過激派の怒りを買うとややこしいことになるので、ギャザリングでみんなが服を着るなら地元の人にも開放できるという話になった。

 

そこで、それじゃあレインボーギャザリングで服を着ようとなったら、今度はレインボーは絶対に裸で過ごしたいと言う人たちとの間で激しい意見の対立が起こった。

 

これまた、ラチのあかない論争が延々と繰り返されて、それじゃあまたトーキングサークルで話し合ってみんなの総意を決定しようということになった。

 

ここでもまたありとあらゆる意見があり、社会による性の抑圧からフェミニスト、トランスジェンダー、イスラム過激派、宗教弾圧、違う意見の尊重、西洋文化の押しつけ、東洋文化の調和性、レインボーギャザリングの伝統、などなどひたすら入り組んだ意見の交換が数日に渡って繰り広げられた。

 

僕は意見が色々ありすぎるので自分の意見を入れずにみんなの総意に従うほうが物事が順調に進むと思い、敢えてトーキングサークルに参加しなかった。

 

終的にはみんなで服を着て地元の人達を受け入れようということで意見がまとまり、フードサークルにおいての長いアナウンスの末にみんなの総意として受け入れられた。

 

ここまでは、まあ普通に考えて有り得る話で、意見の違いを一つにまとめるプロセスとしてはそこまで珍しいものではない。

 

ここから話がちょっと変な方向にずれていく。これはレインボーギャザリングでのみ起こりうる変なことで、参加している側からすると非常にうざいのだが、客観的にみているとへんてこな面白いパフォーマンスに映るかもしれない。

 

これはレインボーギャザリングの弱点でもあり恥さらしでもあると同時にレインボーギャザリングの柔軟性と自由さを物語っているとも言える。

 

筆力の許す限り書き綴ってみようと思う。

 

 

トーキングサークルの仕組み

 

回話したいことを理解してもらえるように、まずはレインボーギャザリングにおいてどのように物事が決められるかを説明したいと思う。

 

世の中にはリーダーのいないグループというのがいくつもあって、それぞれ独自の方法で物事を決めているのだがレインボーギャザリングの場合はネイティブ・アメリカンのホピ族の伝統を真似してトーキングサークルと言う方法で話し合いをする。

 

手順としては、

 

  • まずその話し合いをしたい人がトーキングサークルを開くというアナウンスを前もって食事時にする。
  • 時間が来るとどこか静かな場所に行って輪になって座る。
  • 誰でも参加も退出も自由。
  • 言い出しっぺが最初にトーキングスティック(ただの装飾された木の棒であったり葉っぱや羽のこともある)を持って話し始める。
  • 長く話しすぎず適当なところで隣の人にスティックをわたす。
  • スティックを受け取った人が話し、また隣の人に渡す。
  • 誰かが木を持って話しているときは他の人は聞くことに徹する。

 

これをひたすら続ける。普段だと対立意見を持つ人が途中で遮って相手を黙らせたり、大きな声で押しつぶしたりすることもあるのだが、トーキングサークル内では必然的に相手の言っていることを聞かざるをえない。

 

ある程度時間が経ってくると、違った意見をもっている人たちがお互いの意見の違いを理解していくことで、段々と受け入れられるようになり、受け入れられたあたりで全員が納得できる解決策が自然と浮かび上がってくる。

 

最終的に全体の意見の一致がみられると、誰かがこんな感じで総意を提案する。
”これこれ、こういうことをこういうふうにしていきます。もし異論がなければ沈黙のままスティックを隣の人にわたしてください。”

 

無事に全員沈黙でスティックが回されればそれは全員の総意(コンセンサス)として認められそのギャザリング内ではある程度の説得力を持つことになる。

 

もちろんそれはただのコンセンサスであってルールではないのでなんの強制力も持たないのだが、お互いにリスペクトし合うという前提があることで成り立っているレインボーギャザリングにおいては、ある一定の意味を持つことになる。

 

このコンセンサスを決めるという行為はトーキングサークル内の全員の意見の一致があればそれはコンセンサスになるのだが、そのトーキングサークルの人数は3人以上という決まり(昔に決められたコンセンサス)がある。

 

ここで問題になるのが参加する人数が少なかったり、対立意見の参加者が来てないトーキングサークルでコンセンサスを決めることだ。
それはコンセンサスと言う名のルールにはなるが実質的な全員の総意としてのコンセンサスではないので必ず後になって問題になってくる。

 

なので全員をリスペクトしながら本当の意味でのコンセンサスを決めたい人は、何度も対立意見を持っている人にトーキングサークルへの参加を促したり、フードサークル時にアナウンスしたりする。

 

こうやって全員が服を着るというコンセンサスが決められたのだが、このコンセンサスのグレーゾーンを使って問題をぶち上げてきたの僕の古くからの友人でもあるセーリングボートのキャプテンだ。

 

次回は、如何にパイレーツキャプテンが問題を持ち上げていったかという、レインボーギャザリングの楽しさと無茶苦茶さを象徴する事件の話です。

 

Cryptraveler
ストイックなエホバの証人の母子家庭に生まれ、いじめられっ子として少年時代を過ごすことを魂の段階で選択する。 十代の時に全てに嫌気が差し宗教、学校、日本社会からドロップ・アウトし完全なノマドとして世界中を放浪し続ける。 何度かの強烈な覚醒体験を経験し、”それ”を自身の存在を通して表現する。 現在は意識の覚醒とハンドパンと暗号通貨を駆使して三次元の地球を遊びまくっている。

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