ぎっくり腰とリレーションシップと霊的な学び(現在012)

ぎっくり腰で動けない

 

い! 動けない。

突然見舞われたぎっくり腰、コンタクトインプロヴィゼーションダンスのワークショップ参加中に発症し、ダンスフロアの真ん中で突然身動きが取れなくなった。

皮肉なことにこのワークショップは沈黙することが重要視されていて、声を上げて助けを求めるとかはしたくない。

立ち止まったまま、痛みを堪え、なんとか次の動きにつなげる。

ゆっくりと腰を抑えながら端っこに行って横になる。しばらく休んでいると、しばらくしたらパートナーの月子さんが迎えに来てくれました。

腰痛への流れ

のぎっくり腰の2週間ほど前に変な体勢でパソコンを一日中いじり続けた時があって、その日以来腰の調子が悪かったので、円皮鍼という貼る鍼治療と言うものを腰に貼ってゆっくりと治療していた。

その後、コンタクトインプロのワークショップで円皮針が汗で滑って剥がれてきたので、貼っているものを全部剥がすことにした。それが悪かった。

剥がした直後から、また腰が痛み始め、踊っている最中にも不吉な予感が漂ってきた。

その後も、気をつけながら踊っていたんだけど、あるポイントで突然、臨界点を超えてしまった。

前述の通り、パートナーが迎えに来てくれて、家に帰り安静にする。彼女はその後、別の南米スタイルのセレモニーがあるので出かけたのだが、やはり放っておくことが出来ないと言って戻ってきた。

彼女はその後に一週間のヴィパッサナー瞑想コースの予約もしていたのだが、それもキャンセルして看護してくれることに。

 

腰痛の真の原因

かに激しく踊ったことや、パソコンの使いすぎ、運動不足などいろいろな原因はあるのだが、僕には一番の原因は何かわかっていた。

それは怒りだ。ぎっくり腰が起こる前々日にパートナーと喧嘩していて、表面的には解決していたんだけど、根っこにはしっかりと残っていた。

僕は、怒鳴ったり、嫌味を言ったりの言葉の暴力も肉体の暴力も好きじゃないので、嫌なことがあるとすぐに話すようにしていた。平和的に話して、理解し合って受け入れ合うというのが理想で、できるだけ落ち着いて話すんだけど、必ずしも相手もそうやって聞いてくれるわけではない。特にこっちがゆっくり話そうとすると、遅いがゆえに簡単に話の途中で遮られてしまう。

そういうときは、ネイティブアメリカンの使うトーキングサークルという手法で話し合うようにしている。以前に言い争いがあった時にその方法でうまく解決したので、今回はパートナーもすんなりと受け入れてくれた。

でも、そのときはトーキングサークルが夕飯で中断して、その後、フリートークで話したのがまずかった。どちらも興奮し、怒りをぶつけ合った。

結局、伝えたかったことは伝わらず、わだかまりを飲み込むことに。

僕の場合、そうやって気持ちを伝えきれずに飲み込むと、必ずと言っていいほど体に症状として出て来る。

それを外側にぶつけることや、逃げ出すことも出来るのだけど、それをしても結局同じ(全宇宙は自分自身)と言うことも痛いほどわかっているので、ただ向き合って自分を愛を持って表現するのみ。

自分のそういう仕組をわかっているからこそ、自分の内側にあるネガティビティは、毎朝瞑想で昇華して、外側に吐き出さないようにしている。どっちにしろ返ってくるので。

外側からやってくるものに関してはできるだけ早い段階で話し合って解決するか、距離を置くようにしている。

そうすることで、大概はうまくいくのだけど、今回はパートナーとのこと。逃げるという選択は取りたくないし、相手の言うがままに行動するのも、それはそれで何処かに歪みをもたらす。

今回は話し合っても通じず、逃げることも選択しなかったので、結果としてぎっくり腰と言う形で歪みが現れた。

僕の痛々しい姿を見ることでパートナーは僕の話を真剣に聞いてくれた。言いたいことは全て伝わり、僕の怒りは流れた。

 

怒りの真の原因

うやって向き合うことで、実はその表面的な怒りには根っこがあって、その根っこにはもっと深い根っこというのがあることがわかってくる。

僕が気づいたのは、(もちろんこれだけが全ての原因ではないのだが)彼女の機嫌が悪くなってくると、決まってお金の文句を言い出すこと。(過去記事参照)僕としては、所有の概念を取り外して二人で一体化したつもりだったんだけど、彼女から見るとワークショップでお金を稼いでいても、生活費に十分でない僕はまるでヒモの様に見えたらしい。

僕は今までに、何十万円もの額を自分のお金がなくなるまで、友人やコミュニティーにシェアしてきたので、自分のお金の流れが悪い時にお金を持っているパートナーとシェアし合うことになんの抵抗も恥ずかしさもないのだが、人それぞれ考え方が違うのは当然のことなので、今回のぎっくり腰を通して明らかになったのは、とてもありがたいことだ。

僕はパートナーに今はお金を共有することは辞めて、いずれ僕の所持金が彼女の所持金を上回った時に共有するように伝えた。そして、もし僕達が別れる時が来れば、彼女がフェアな範囲内で払ってほしいと思う金額を幾らであろうと払うことを約束した。

僕は13年前、25歳の時に所有という概念を捨てた。全ての持ち物を断捨離し、バックパック一つ、自分ひとりで担げる範囲にまとめた。

僕にとっての豊かさの基準は物を持つことじゃなくて、物を使用することが出来ること、そして使いこなすこと。

だから、僕にとって共有というのは豊かさを生み出す一番の近道。豊かさの概念を変えて以降、執着なくなんでも楽しめるようになった。

 

もう一段深い喧嘩の原因

れから、一周間がたった今日。パートナーとはうまくやっているのだけど、それでもたまに摩擦は生じる。

彼女が彼女自身のネガティビティを外にぶつけているのを見ると、そこに対して、外にネガティビティをぶつけるのは無意味だよと教えたくなる。それを話すと、君の中にネガティビティがあるから、それをネガティビティとして見るんじゃない?と反論が来る。結局水掛け論になって終わらない。

でも、僕がそのことを切っ掛けにして気づけたのが、やはり外側(パートナー)に対して変化を求めても意味が無いということ。僕に出来るのは、外側を見て好みじゃないことがあれば、自分がそれをしないということ。彼女にとってそれはそれで完璧で、僕の価値観や好みを強制する必要はないということ。彼女も時期が来れば気づくときが来るかもしれないし、来なくてもいいのかもしれない。僕にできることは、そこに完璧さを見て、そのプロセスを喜ぶことだけ。

そして僕は自分のネガティビティを昇華させて、周りのネガティビティを変化させようと関わる必要はないということ。関わればそのバイブレーションに引っ張られてしまう。自分の内側の光に集中し、それを放射すること。それだけで伝わるときが来れば自然とつたわる。

 

パンガン島とのお別れ

はまだ完治ではないけど、日常生活は出来るようになっている。明日からはまたワークショップを再開し、明々後日にはこの島を出る。4ヶ月の最高に楽しいホリデーは終わり、バンコクへ飛んで、週末はソンクランの水掛け祭りとマーケットでのバスキング。そして、週明けにはインドネシアのバリに飛ぶ。

バリではウブドと言う60年代からある有名なアーティストの村に滞在し、その後はワールドレインボーギャザリングに向かう。

 

次回は、長年憧れていたバリ島のウブドへ向かうが、時既に遅し。島自体は非常に美しいのだが、見事に観光化されていてがっかりしたと言う話。

インドネシア、バリ島のがっかり感とジャワ島の村人の美しさ1(現在013)

Cryptraveler
ストイックなエホバの証人の母子家庭に生まれ、いじめられっ子として少年時代を過ごすことを魂の段階で選択する。 十代の時に全てに嫌気が差し宗教、学校、日本社会からドロップ・アウトし完全なノマドとして世界中を放浪し続ける。 何度かの強烈な覚醒体験を経験し、”それ”を自身の存在を通して表現する。 現在は意識の覚醒とハンドパンと暗号通貨を駆使して三次元の地球を遊びまくっている。

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