国王が亡くなって直後の悲しみに暮れるタイに来た(現在004)

バンコク再び

 

イの国王は約一ヶ月前にお亡くなりになられた。みんな黒服を着て喪に服している。

バンコクは雪のルーマニアと較べてとても暑く、黒い服を着ているとなおさらだ。

 

僕は友人のイギリス人とタイ人の奥さんの家に居候させてもらっていた。彼はバンコクで結構成功したDJで、その稼いだお金を彼にとっての情熱である絵を書くことに注いでいる。

 

彼らはチャイナタウンにあるアーティストの集まる地区で、かなり素敵な暮らしをしており、彼らや他のアーティストのお陰で更にアーティストや面白いことがこのエリアに集まってきていた。このエリアは段々と人気のおしゃれな通りになってきて、どんどん新しいレストランやバー、ギャラリーやゲストハウスがオープンしていた。

 

彼がDJを始めたのは2004年に僕達が出会った時に、僕の持っていたDJ用のソフトウェアをプレゼントしたことがきっかけ。それを恩に着ているらしく、いつもバンコクに行くたびに居候させてもらい、良い待遇をしてもらっている。

 

僕がソフトウェアをあげたことで彼の人生が変わり、それがきっかけでバンコクに住むようになり、それがきっかけでこの地区が開発され、そしておそらくこの地区の開発をきっかけにしていろいろな人の人生が変わっていくのだろう。もちろん全てがそんな単純な図式では無いけれども、かなり興味深いバタフライ効果だと思った。

 

タイの運転免許証

 

が今回タイに来た一番の理由はタイの運転免許証を国際免許証に切り替えるためだ。

 

2年前にタイを旅している時にパタヤの旅行代理店が日本人にも自動車免許を手配していることを知った。彼らが言うにはタイの自動車免許を普通のツーリストヴィザでも取れて、一年後には国際免許に切り替えられるとの話。全ての費用込みで約2万5千円。

 

これはかなり美味しい話だ。長い間、車の免許を取りたかった。バンコクで偽の免許を簡単に作ることが出来るけれども、僕が欲しいのは本物の免許。もし、日本でとれば10倍近くかかるし、他の国で取るには特別なヴィザが必要。

 

僕は旅行代理店にEメールを通して尋ねた。彼らが言うにはその情報は古く、僕が持っている免許は仮免許で、特別なヴィザが無いと本免許には変更できない。本免許に変更後やっと国際免許に切り替えることが出来る。

 

多分その話は本当なんだろう。この一年半の間に法律が変わってしまった。でも僕は騙されたと言う気持ちを拭えなかった。でもまあ、それが嘘であろうと本当であろうと、本免許に変更できないのは事実。それでもこの仮免許を2年伸ばすことは出来て、この状態でも色んな国で運転できるらしい。

 

どうも、物質的な成功を求める僕の努力は徒労に終わっていくような気がしている。テレビのオーディションは落ちて、家を追い出されて、ルーマニアのヴィザでの罰金、運転免許も変更できず。どうやら宇宙や僕のハイヤーセルフは僕に別の進路を取らせたいようだ。まあ、どう流れるか様子を見よう。

 

僕はルーマニアを出るまでに1500ユーロを貯金した。タイで半年間ホテルに泊まってレストランで食事をするには到底足りない金額だ。ルーマニアでもっと働いて貯金することも出来たのだけど、面倒くさかったのと、浪費癖でいっぱい使ってしまい、更に長いこと母に借りていたお金も返したのであまり貯金できなかった。今後は出費を抑えるか旅の途上でお金を稼ぐしか無い。

 

ルーマニアでバスキング(路上演奏してお金を稼ぐこと)していてユーロのコインを沢山手に入れたんだけど、ルーマニアでは両替出来ないので、ドイツの空港を通った時に全部タイバーツに両替した。全部で30ユーロほどあった。なんとか貯金に手をつけず、旅の途上でお金を稼ぎ続けられたら良いなと思っている。

 

バンコクでのバスキング

 

人の一人がバンコクのアジアティークマーケットというところが簡単に許可証が取れてバスキングが出来ると教えてくれたので、そこへ向かった。僕は国王が死んだ直後のこのご時世では、許可証を取るのはかなり難しいけれど、もし取れたら簡単にお金を稼ぐことが出来ると予想していた。

 

事務所に行ってみると思いの外、簡単に許可証を取ることが出来た。インタヴューも書類記入も何もなく、ただ単にパスポートをわたしたら許可証をもらえた。

 

もしかしたらこのマーケットは僕にとってのアジア方面のドル箱になると思い興奮していたのだが、実際に演奏してみると、いい場所で演奏しているにもかかわらず、いまいちパッとしない。何故かみんな立ち止まらずに素通りしていく。

 

普段、街で演奏するときはマレットを使っている。音の大きさと長時間演奏のしやすさを考慮するとマレットが使いやすく、また楽器に対するダメージも音量の割に少ないというのも理由の一つだ。でも、このときは手で演奏していた。手で演奏するほうが楽しいし、あまりうるさすぎると追い出されることもあるからだ。

 

その日は2時間演奏して300バーツ(8ユーロ)稼いだ。タイでの生活費を考えると悪くない稼ぎなのだが、この金額では僕自信のやる気が出ない。僕の最低賃金は時間あたり10ユーロに設定している。

 

その日は一旦帰って次の日にマレットを持って返ってくることにした。多分音量が小さかったのだろう。もうちょっと準備して見た目ももう少し綺麗にして帰ってこよう。

 

次の日にまた完璧に準備し直して、メインゲートの真ん前の一番人通りの多い所に配置した。これで完璧なはず。でも残念ながら2時間で300バーツと前の日と同じ結果。

 

2年前にチャットチャックマーケットで演奏したときは、その額の10倍近く稼いでいたので、この結果にはかなり驚いた。チャットチャックマーケットでは、外国人のくせにあまりに稼ぎすぎて、地元の店主達から嫉妬され、許可証がもらえなくなってしまった。

 

僕が理解したのはこのアジアティークマーケットはかなり商業的なマーケットで、ここに来るお客さんは音楽やアートにはあまり興味が無いようだ。このマーケットでのバスキングは諦めることにしよう。

 

僕は次の金曜日のアートボックスというマーケットまで待つことにした。ここは若いアーティストのためのマーケットなので僕には向いてるはずだ。その日は昼間に携帯用ソーラーパネルを買ったので、持っていた殆どのタイバーツを使ってしまった。マーケットに到着した時点での手持ち金は20バーツ(50円)ほど。貯金を使わずに旅を続けようという望みも終わりが近づいていた。

 

アートボックスで演奏していると結構いい反応があるんだけど、いかんせん人数が少ない。レストラン街の真ん中で演奏していたんだけど、その内の一つのレストランはその日一人のお客さんも来なかった。その日は800バーツ(約2000円)稼いだ。人通りの量を考えると悪くはない。

 

僕は次のマーケットに期待することにした。2年前に沢山稼いだチャットチャックマーケットが土曜日と日曜日に待っている。多分もう許可証はくれないだろうけど何か変わっているかもしれない。とりあえず希望を持ち続ける。

 

次の日チャットチャックマーケットに着き、すぐに事務所へ向かう。聞いてみるともう、外国人に許可証を発行するのはやめたそうだ。もしかしたら、2年前に稼ぎすぎたのが悪影響しているのだろうか?

許可証の状況は以前よりも断然厳しくなっている。

 

OK、それじゃあ、隣りにある公園で演奏してみよう。でも公園も似たような状況で前よりももっと警備員が増えていて、とてもじゃないが演奏は無理みたい。

 

OK、それじゃあ高速道路の隣で演奏してみよう。道路の騒音がかなりうるさくて空気も汚く、とてもじゃないがいい演奏環境とは言えない。それでも演奏してみると他のマーケットよりも断然お金が稼げる。

 

日が暮れるまでそこで演奏を続け、6時以降はチャットチャックマーケット内で演奏することにした。6時をすぎると無法地帯で誰が何をやっても文句を言われない仕組みになっている。

 

いい場所を見つけ演奏を開始。おおー、かなり良いリアクション。道路の騒音がない分、みんな僕の音を聞くことが出来るし、立ち止まる場所もある。CDも飛ぶように売れる。

 

この日は最終的に5000バーツ(約15000円)を稼ぐことが出来た。2年前に比べると半分以下なのだが、タイの物価を考えると文句なしの成果。これでしばらくはお金のことを気にしなくて済む。

 

次の日もまた戻ってきて演奏した。何故かこの日は前日ほどうまく行かなかったけど、それでも十分稼いだ。金曜の夜には20バーツ(50円)だったのが、今は10000バーツ(30000円)。2日半で500倍になった。いい気分だ。

 

もし、馬鹿な無駄遣いをしなければ(ついついしてしまう、浪費癖をなんとかしよう)、少なくとも1ヶ月あるいはそれ以上、南の島でバケーションを楽しめる。今回のバスキングで何が一番良かったかというと、許可証も書類へのサインも何もなく、フラッと出かけて結構な額を稼いだということ。より一層自由で独立した気分になる。

 

瞑想コースへ向かう

 

の日の月曜日、寝台列車に乗って南へ向かう。スアンモックと言うお寺である10日間の瞑想コースに参加するのだ。ここではアナパナ(呼吸観察)瞑想というのとヨガと太極拳を教えてくれる。何よりも嬉しいのは敷地内に温泉があること。ちなみに今回で2回めの参加。

 

彼らは瞑想をタイ訛りの英語で教えてくれるんだけど、かなりわかりにくい。もちろん日本語訛りの英語を話す僕が文句を言える立場では無いのだが。。。たまに僕の話す英語をわかってくれない人もいるし。

 

多分このコース中、僕はヴィパッサナー瞑想(体の感覚を観察する瞑想)をするだろう。これはアナパナ瞑想の次のステップにあたる瞑想法でゴエンカヴィパッサナー瞑想センターで習ったものだ。ここは瞑想に集中するには非常に適した環境だ。

 

今日から瞑想コースが始まる。心の奥深くへ潜ることにかなり興奮している。

 

次回は、瞑想コースに参加し、自分がブッダの観点から見ても完全に悟っていることを再確認するプロセスの話です。

瞑想コースで自分が完全に悟っていることを再確認する(現在005)

Cryptraveler
ストイックなエホバの証人の母子家庭に生まれ、いじめられっ子として少年時代を過ごすことを魂の段階で選択する。 十代の時に全てに嫌気が差し宗教、学校、日本社会からドロップ・アウトし完全なノマドとして世界中を放浪し続ける。 何度かの強烈な覚醒体験を経験し、”それ”を自身の存在を通して表現する。 現在は意識の覚醒とハンドパンと暗号通貨を駆使して三次元の地球を遊びまくっている。

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