タイのヒッピーアイランド、コパンガンでの生活(現在007)

タイのヒッピーアイランド、コパンガンへ

 

とつきこさんはタイの島に行って、もう少し一緒に時間をすごすことにした。

 

元々の僕の予定はコパンガンというタイの南の島に行くつもり。
既に何人かの友人はこの島に住んでいて、遊びに来るように誘われていた。

 

僕が2年前タイのチェンマイで一緒にバンドをやっていた友達が、現在この島でレストランの管理人をしており、ボランティアを受け入れていた。
彼はすでに、偶然にも他の大陸からやってきた、僕の船乗りの友人達を住まわせていた。
そういうこともあって、彼の所にしばらく滞在すれば結構楽しいんじゃないかなと思っていました。

 

ぼくとつきこさんは、フェリー、電車、タクシーを乗り継ぎ マレーシアからタイのコパンガンに向かった。それは行きと同じくすごく簡単な旅路。

 

スピリチュアルヒッピーの新聖地、スリタヌ

 

たちは 友人のレストランにたどり着き、気前よく歓迎を受けた。

 

面白いのは、僕が前回コパンガンに来たのは20年前で、その時は何もわからずただ紹介されたバンガローについて行っただけなんだけど、なんとこの友人のレストランは20年前に僕が泊まっていたバンガローの道路を挟んで真ん前!

 

当時はそのバンガロー以外何もなく全てはただのジャングル。

 

20年前のその体験はこちらの記事に書いているのでよかったらどうぞ。

 

そのバンガローを中心にしてこのコパンガン北部のスリタヌ村は発展してきて、今ではいくつもヨガアシュラムが連立して、ここ10年ほどはスピリチュアルなことが好きな旅人やヒッピーたちの新しい聖地として注目されていて、今地球上で最も勢いに乗っている熱い場所の一つになっている。

 

友人のレストランは現在は改装工事のために閉じていて、中は乱雑に散らかった工事中の雰囲気で、肉体的にはあまり快適ではなかったので、僕たちは他に快適に過ごせる家を森の中に見つけることにした。

 

バイクを借りてジャングルの中を散策しながら何件もの家を訪ねて廻る。

 

いくつかの家は、すごくいいのだけど高すぎ。
他の家は、安いけどあんまりよくない。
他の家は、安くてすごく良いけど、物凄くカビ臭かったりした。

 

僕達が家を探していた日はちょうどクリスマスイブで、一年の中でも一番忙しい日、それでも僕達は諦めずに一件一件家を訪ねて廻る。道を進むうちにだんだんとジャングルの奥深くに突き進んで行った。

 

快適な新居

 

ばらく探し回った末に、僕たちはすごくいい木製のバンガローを山の奥深くの静かなジャングルの中の川のそばに見つけることが出来ました。
ご近所さんからは適度に距離が離れていて、調理器具や冷蔵庫、家具、ホットシャワー、 Wi-Fiなど基本的な設備は全て整っています。
高台にあるバルコニーもいい感じ。

 

値段は3ヶ月借りると1月あたり8000バーツ、米ドルで言うとひと月あたり一人114ドルです。

 

3ヶ月間のホリデーをこんな素敵な質の良いバンガローでこの値段で過ごせるなんて、これはすごくいい話だと思い、僕たちは他に部屋を探すことを止めて、ここを借りることにした。
すぐに移り住み、快適な日常を過ごせるように動き回り始めた。

 

街にある業務用のスーパーマーケットで大量に食べ物、特に穀物、豆類、スパイス、調味料、そして追加の調理器具などを購入。

 

全ての食料買い出しが終わった後は、ただただ家にいて美味しいものを作って食べようという計画。

 

たぶんこのキッチンはほとんどの人にとってすごくシンプルなキッチンだと思うけど、僕たちはずっと旅をしているので、キッチンを持つ機会が少ないので、この程度でもすごく嬉しかった。

 

ほとんど毎日、僕たちはただ料理して食べて寝て過ごした。ひたすらゆっくりと怠け者の生活。

 

ありがたいことにこの島に長いこと住んでいる友人が今ちょうどインドに行っていて、ただでバイクを貸してくれることになった。
バイクのレンタル料は結構安いんだけど、毎日3ヶ月間も借り続けるとそれなりの額になるのでただでバイクを使えるのは本当にありがたい。

 

毎週土曜日になると、近くの町でマーケットが開かれるので、ハンドパンをストリートで演奏したり、他にも ワークショップやダンスイベントなどで演奏して少しずつお金を稼いだりもした。

 

たまには島の南の方に行ってフリーのサイトランスパーティーに行って踊ったりもした。

 

一度はあまりに踊りすぎて全身筋肉痛になり、汗でびちょびちょの上に冬の夜風に吹かれて家に帰ったときは体を冷やしすぎて、その後はやはり風邪をひき、高熱が2週間ほど続いた。

 

その時は動き回る気力も全くなくなり、ただベッドの上に寝て本を読んだりインターネットしたりという日々。
その間はずっとつきこさんがケアをしてくれました。
どうもありがとう。

 

僕は長期の高熱が続いたので、マラリアかデング熱になったのかとも思った。でも今では、はっきりとは分からない。
まあどちらにしろ、それはすごく良いクレンジングとデトックスになった。その後の体の免疫力は以前に増して強くなった。
高熱の後にはすっかり強く健康になって、またストリートやイベントで音楽を演奏するようになれた。

 

また、カリフォルニアから友人がやってきた

 

れからしばらくすると、僕のアメリカ人の友人のディジュリドゥ奏者がカリフォルニアからタイランドに旅をしにやってきて、ついでに僕を訪ねてきて10日ほど居候していった。

 

以前に僕がカリフォルニアにいたときは一緒に演奏したり、レコーディングしたり、家に泊めてもらったりしていました。

 

彼がここにいる10日間の間に僕たちはいっぱいジャムセッションして、レコーディングして、イベントでパフォーマンスしたり、一緒にコンタクトインプロビゼーションやエクスタティックダンスで踊ったりした。

 

僕たちは 一緒に遊んでいろんな冒険を経験した。

 

僕たちがマーケットのストリートで演奏していると、マーケットの管理人がやってきて僕たちの演奏を止めた。たぶん彼の演奏するディジュリドゥの音が大きすぎたのだろう。

 

僕たちはマーケットのストリートから追い出されたので、玄関口の方に場所を移した。僕たちはこの場所はマーケットの玄関から少しだけ出たところなので、マーケットの管理人も何も文句を言えないだろうと思った。

 

でもこれは表面的な意味においては 非常に悪い選択だった。

 

しばらくこの場所で演奏していると警察官がやってきて僕たちを止めに入った。というのもその場所は警察署のすぐ近くだったので、こんなに目の前でやっていると彼らも止めないわけにはいかない。

 

彼らは僕のパスポートを取り上げて、僕たちを警察署に連れて行こうとした。外国人なのにCDを値札を書いて売っていたのがまずかったらしい。僕は彼らに謝ってもう二度と演奏しないと誓うことで解放された。

 

全てが一段落ついた後に、近くにいた西洋人の女性が僕たちの近くに来て話し始めた。彼女が言うには、君たちは本当にラッキーだ。私の友達はここで演奏していて国外追放されたよ、とのこと。

 

おー、マジで!? そうか、そういう意味では僕達は本当にラッキーなんだね。

 

僕はストリートで演奏することがそんな大変なことになるとは思ってもいなかった。
もうストリートでは演奏はできないけど、国からは追い出されずにすんだ。僕たちはラッキーだ!

 

僕たちはその件をポジティブに受け止めることに決めて、運の良さを祝うことにし、その足でフードマーケットに向かい、大きな尾頭付き鯛の炭火焼を運の良さと魚の命に感謝しながら食べることにした。

 

セイリングボートで無人島へ

 

ィジュリドゥ奏者の友人が家に滞在している間の一番のハイライトは、僕達の共通の友人のセイルボートに遊びに行ったことだ。

 

この船乗りの友人たちは、僕が中央アメリカでワールドレインボーギャザリングやコスタリカのジャングルでヒッピーコミュニティに住んでいた時からの友人。
彼らはジャングルのコミュニティに住んだ後に、パナマに向かいセーリングボートをヒッチハイクして、太平洋を3年かけて横断してタイのコパンガンまでやってきた。
旅の途上の太平洋の島々で音楽を演奏したり、サーカスのショーをしたりしてお金を稼いでいるらしい。

 

 

2つあるボートのうちのひとつは一人の船乗りの男の子が自分で買ったものと、もう一つは寄付されたもの。彼らは世界一周に向けて、アフリカへ向かってる途中にこのコパンガンにストップオーバーしている。

 

 

彼らは僕たちをコパンガンの近くにある小さな無人島にセールボートで行くツアーに招待してくれた。その島には小さな無人のビーチと洞窟があるらしい。
ビーチで待ち合わせした後に大きなゴムボートを漕いで沖に留めてあるセールボートに向う。

 

 

その日は風も海流も強かった。セールボートに着くまでに少し余計に時間がかかったけど、なんとかセールボートまでたどり着いて、風と方向を確認した上で高々と帆をあげた。
出発の準備にかなりの時間を食われたけど、ついにゆっくりと島に向けてセーリングに出発!

 

 

予想通り船はかなり揺れたので、僕は自分の体を重力に対して垂直に保つようにして船酔いから自分の身を守るようにした。

 

 

船はゆっくりと島に向かっていった。そこで気づいたのは、現在近づいてきたこの島は僕たちの向かっている島じゃなかったということ。彼らが言うには一度遠くにあるこの島に来てそこから折り返して、ぼくたちが本当に行きたい島に向かうのだということだ。

 

 

風と方向の問題らしい。セールボートがある一定の方向に行きたいときには一旦別の方向に進んでから、方向を転換するという方法を取らないといけないらしい。

 

 

それはすごくゆっくりとしたプロセスだった。それと同時にこのプロセスは僕達をゆっくりと落ち着かせることに役立った。

 

 

それでも最終的にはちゃんと向いたかった島にたどり着いた。時間は午後1時半で、ビーチから島に向かうのに3時間もかかってしまった。

 

 

僕は4時半に街に向かわないといけないので、それを考えると今すぐ帰らなければ間に合わない計算だ。夕方の5時からダンスイベントで演奏する予定があったのだ。

 

僕はそのことをボートのキャプテンに既に伝えてあったので彼はそのことを知っているはずだ。
僕は彼がどう考えているのか気になったので尋ねてみた。

 

彼が言うには この船はすごく強いモーターを積んでいるので、もし僕たちがすぐにでも帰りたければたったの10分でビーチまで戻れるとのこと。
全ては計画通り。

 

 

あーそうか。これでもしっかり文明の後ろ盾があったんだ。

 

僕たちのうちの何人かは ボートに乗って島へ向かい、そのうちの何人かは別のボートに乗り槍を持って魚を捕まえに行った。僕たちはビーチを楽しみ付近を散策した。

 

しばらくすると、船乗り仲間の女の子の一人が僕にゴムボートをセイルボートまで漕いでいくことを担当してくれないかと聞いてきた。彼女は セイルボートまで泳いで 帰りたいらしい。距離は約100メートルほどだ。

 

僕と友人は岩に登ったり、歩き回ったりしていた。僕たちが セイルボートの方を見てみると、魚を捕まえに行ったボートに向かって何事か叫んでいるようだ。

 

どうも、何か普通ではない、やばいことが起きている雰囲気!

 

僕たちは、島に残っていてたもう1人の女の子をビーチから連れて急いでゴムボートを漕いでセイルボートに向かった。

 

そこで気づいたのは、さっきセイルボートに向かってビーチから泳いで行った女の子が海流に飲まれて流されていたのだ。彼女はすでに遠くまで流されており助けが必要な状態だった。

 

キャプテンは足ヒレをつけて海に飛び込んで彼女を助けに行った。

 

それと同時にもう一人の女の子も海に飛び込んだ。こちらは足ひれなし。これがまずいアクションで、この女の子まで海流に飲み込まれてしまった。結局キャプテンが二人を助けるはめになってしまい、一人で二人を抱えて海上に浮かんだまま、まったく身動きが取れなくなった。

 

魚を捕まえていた別の人達が助けに向かったけれど、ふたり乗りのボートに5人乗ってしまうと、もういっぱいいっぱいで、やはり身動きができない。

 

僕たちのゴムボートはセイルボートに帰り着いて、僕ともう一人の女の子はゴムボートからセイルボートへ飛び移り、友人の ディジュリドゥ奏者はゴムボートに留まり他の人たちを助けに向かった。

 

僕たちは彼に長いロープを投げて渡し、それを魚を捕まえていた船まで引っ張って行ってもらった。彼らは 小さな船に5人で乗っていたので、身動きが全くできない状態だった。でもロープがあれば 簡単に 彼らを 引っ張ることができる。

 

なんとか彼らにロープを渡すことができて、ゆっくりとセイルボートまで引き寄せることができた。

 

最終的には全てオッケーだったのだけど、キャプテンはとても怒っていた。彼が言うには僕たちは少なくとも5つのミステイクをしたそうだ。彼は僕たちに一つ一つ何が間違えていたのかを教えてくれた。すごく深刻で重たい雰囲気がボートにあふれた。

 

その後、あまり時間は残っていなかったので、僕たちは モーターを使ってビーチまで戻ることにした。

 

ビーチに向かっている途中に船乗りの一人が ”まぁ結局全部よかったよね” と笑顔で言い、その言い方には何らかの魔法が含まれていて、僕たちはすぐに打ち解けて和やかに冒険を終えた。

 

僕たちはビーチに帰ってきた。その日はかなり楽しい冒険だった。
僕の友人はこの体験からすごくインスピレーションを受けていて、将来にセイルボートを買いたいと言い始めた。

 

その後も演奏するためのイベント会場に時間通り間に合って、しっかり楽しく演奏することができた。

 

全ては完璧!!

次回は、バスキングでの現地収入が途絶え、生活費がなくなっていく中、ビットコインに出会い投資し始める話です。

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Cryptraveler
ストイックなエホバの証人の母子家庭に生まれ、いじめられっ子として少年時代を過ごすことを魂の段階で選択する。 十代の時に全てに嫌気が差し宗教、学校、日本社会からドロップ・アウトし完全なノマドとして世界中を放浪し続ける。 何度かの強烈な覚醒体験を経験し、”それ”を自身の存在を通して表現する。 現在は意識の覚醒とハンドパンと暗号通貨を駆使して三次元の地球を遊びまくっている。

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